【読書ノート#12】死の壁(養老 孟司)
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目次
基本情報
本のタイトル | 死の壁 |
本の評価 | |
著者 | 養老 孟司 |
出版社 | 新潮新書 |
発売日 | 2004/4/16 |
本を読む前、読んだ後の問いと今後の行動
STEP
本を読む前の問い
何を学びたいのか?
- 改めて死とは何か?養老さんはどんな考えをしているのかを知りたかった
それを学んで自分はどうなりたいのか?
- 死を前向きに捉えて生きたい
STEP
本を読んだ後の問い
この本の問題提起は何か?
- 死についていちいち騒ぐことではない
問題的に対する解決策は何か?
- そもそも人間の死亡率は100%なのだから
著者が伝えたいことを3つに絞ると何か?
- 日々回復不能
- 死は元に戻せない
- 生死の境界は曖昧
本を振り返って、面白かった箇所はどこか(へぇーって思ったこと)
- 自分は日々変わっていくのに、不変の存在だと思い始めると色々とおかしくなる
- 日々回復不能、人生のあらゆる活動は取り返しがつかないと考えると、日々の活動も変わってくる
STEP
今後の行動
具体的なアクション
- 日々回復不能を常に考えて、これからは生きていきたい
印象に残った言葉や表現
ページ
死は元に戻せない
なぜ生き物を殺してはいけないのか?
それは元に戻せないし、取り返しがつかないことだからだ。
人に限らず、生物を殺してしまったら、元に戻せない不可逆なもの。
だから殺してはいけない。
ページ
「本当の自分」は無敵の論理、死ぬまで続く
「自分はずっと変わらない」という思い込み、不変であるという思い込み。
何か失敗した時に、感じたこと・行動したこと・思っていた自分が「本当の自分」ではないという考え方。
ページ
近代化は、人間が自分を不変の存在だと勘違いしはじめること
過去、中世では人間が移り変わる存在だと言う考えが一般的だった。
しかし、近代化以降では人間は不変の存在であり、個性が宿る場所が肉体ではなく意識にあると勘違いしてしまった。
ページ
生死の境界は曖昧
死の瞬間は厳格に存在しているという勝手な思い込み。
ページ
去年の「私」は別人
見た目は大差なくても、去年の自分とはまるで違うはず。
全身の細胞が入れ替わっている。
例えば、学校の人が入れ替わるイメージ。学校はあり続けるが、そこにいる生徒は入学し卒業していく。
全体で見ると学校だが、個で見ると、それぞれ異なる存在。
ページ
一人称の死体
一人称の自分の死体を見ることは出来ない→自分では観測できないもの。
二人称の死体は親しい人→特別な存在であり、死を感じる。
三人称の死体は、数字→死亡者数・死者、数字としてしか認識していない
ページ
日々回復不能
人生のあらゆる活動・行為は取り返しがつかない
「何事もなかったことにする」はできない
そのことを死くらい歴然と示しているものはない
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